庭・街・風景に思う

浜名湖畔の庭 環境改善工事終了   平成27年7月30日

 ここは中部山岳地域の膨大な水脈を集めて流れる天竜川下流域、遠州灘に面した汽水湖 浜名湖です。
 昨年の秋からこの湖畔丘陵地で始めた造園工事がようやく終了しました。
 毎月工事のためにこの地を訪れる度、早朝に宿舎からほど近い浜名湖畔を散歩しながら、自然が息づいていた頃の古き良き浜名湖に思いを馳せます。
 そんな日々もこの工事終了と共に思い出に変わってゆくと思うと、最終日の朝の散歩はひとしお感慨深いものがあります。

  浜名湖畔でも、この辺りはまだ、近年の自然環境の急速の悪化からまるで取り残されたかのような、そんな清らかさをも感じさせられます。
 湖畔にせり出す森の様相も、かつては湖畔全体で当たり前の光景だったことでしょう。周辺の森から供給される大量の有機物が汽水湖の生態系を豊かなものへと育んできたことでしょう。
 そして生き物は陸地と海とで繋がって、豊かな風土環境を成立させていたことが想像されます。

 周辺の森からの清らかな絞り水が浜名湖に注ぎます。こんな光景もこの湖畔では他にはほとんど見られなくなってしまいました。

 湖畔への道すがら、足元の草むらはいつもカサコソと、小さなカニが音を立てます。人が通り過ぎるまでの間、穴に隠れたり草むらに逃げ込んだりと、つぶらな瞳で横歩きのかわいいしぐさで和ませてくれます。
 これも陸と海とが繋がる本来の生き物環境ならではの光景だと思うと、生き物環境を顧みずに無機的で暴力的な殺風景な開発がとどまることのない今の日本に生きる辛さを感じます。

 早朝の5時ごろ、周囲のミカン畑はミツバチのにぎやかな葉音が鳴り響きます。大地から鳴り響くようなミツバチの葉音と柔らかな朝の陽ざしは、私の五感の記憶の奥底から思い出されて、生き物にあふれていた子供の頃の野山の光景と重なっていきます。
 私の地元では、おそらく6~7年くらい前から在来のミツバチが激減して、そして今年の夏以降はほぼ全滅してしまったかのような印象があります。
 朝日に響き渡るミツバチの大合唱は大地の調和の音色のような印象を持って、懐かしく心に響き渡ります。

 湖畔の谷地。粘土質で礫を多く含む土壌環境が、わずかな高低差の中にも急峻な地形を刻み、それが汽水湖畔に豊かな森を育んできたようです。

 そして、谷地の農地と周辺傾斜地との、地形傾斜の変換線とも言うべき境界部分には素掘りのが掘られて、周辺の土中の水が絞り出されて清らかに流れています。
 大地の中の水の動きを当たり前のように知る、先人の知恵の辺々がこの地で見られ、そうした人の営みによって、今もなお、この地にいのちの気配残る息づく自然環境が残されてきたように感じます。

 山側の絞り水を際で絞り出すことによって、土中の水と空気の動きを活発化し、土壌中に空気が送り込まれ、木々の根も土中生物も深い位置まで活発に動き、そして豊かな土壌の生きもの環境が育ってゆくのです
 そして湿地だった平坦部分も、水が滞りなく動くことによって、人が田畑として利用できる環境が生まれます。
水脈造作で人も自然環境も共に潤う環境が作られる、それこそが本来の持続的な人の在り様だったと、こうした光景を目の当たりにするたび、そう感じさせられます。

 ほんの40~50年前くらいまでは、当たり前だったこうした光景も、昭和40年代以降に急速に進んだコンクリート化によって、全国的に大地の呼吸不全は進行し、それに伴って土が劣化し、乾燥し、そして無機的で潤いのない、健康とは程遠い環境ばかりが今もなお、増え続けています。

 取り残されて生き残る、そんな美しい大地の欠片を浜名湖畔で拾ったようなうれしさとともに、この有機的な世界がいつまでも残されて、そしていつか人の心の芽を開いてゆく、そんなきっかけとなって、自然環境が、そして人の心が再生されてゆくことを祈らずにいられません。

 さて、昨日、湖畔の丘陵地の造園工事がようやく終了しました。
 昨年の9月からかかり始めた工事ですので、実に10カ月越しの完成です。
 ほぼ毎月、月に3日間程度のペースでじっくりと、水脈改善の効果を確認しながら、工事を進めてきました。

 家屋背面の山から湧きだす水脈が、コンクリート擁壁やU字溝などによって、土の中で行き場をなくして滞り、それがこの地の土壌環境を極度に悪化させていたのです。
 そこで今回の造園工事の大半は、その水脈環境の改善に費やすこととなったのです。
 
 大地の生き物環境は見えないところで急激に悪化しております。そんな中、私たち造園に関わってきたものにとって、今後は、これまでのように目につきやすい表面的な造形や、庭としての視覚的な完成にばかりとらわれるのではなく、目に見えない大地全体のいのちの環境、呼吸環境と言う部分から、大地の環境を再生してゆくという視点が求められることでしょう。

 この地は30年前の開発以降、長年にわたって呼吸不全に陥って極度に傷んでいた大地の環境改善ですので、作業は幾多の困難を極めました。
 数回にわたる工事のやり直しを経て、今はすべての問題を解消し、この地の自然環境は、たった数か月前まではここが、ヘドロに覆われて有機ガスで充満する、ぬかるんだ土地だったとは思えないほど、豊かな生物環境が醸成再生されつつあります。

 改善工事完了後の家屋全景です。背面に巨木林立する丘を背負っており、ここはちょうど大きな谷の地形となります。
 その谷地形を作ったのは水の流れでありますので、ここには小川が存在したことは疑いの土地がありません。
 その小川をつぶしてコンクリートU字側溝を作った時点で、土中に水が停滞して腐り、それが木々や大地の呼吸不全を進行し、こんな環境であってなお、湿地のように腐り水の停滞する、そんな住環境を作ってしまったのです。
 こんな大地の環境においては、いくら表面的に美しくつくろっても、決して健康な住環境など生まれるべくもありません。

臭くぬかるんだこの地の工事はまず、山際で土中の停滞水を吐き出すことから始めます。

 本体の谷間、水脈の中心だった場所には30年前の宅地開発時にコンクリート擁壁が作られました。この擁壁によって空気と水の流れが滞って土壌生物環境を悪化させて木々の根を傷め、裏山の巨木たちの樹勢を落とし、そして行き場をなくした水が停滞してヘドロと化して、土壌はさらに不透水化するという、そんな悪循環が続いていたのです。

今年の冬の間に、擁壁沿いに溝を掘ってそこに炭と泥漉しの枝葉を敷き詰めて停滞した土中の水と空気を動かして水脈再生を試みたものの、数か月後にはそれも滞って有機ガスを発生させてしまいます。

そして数か月後、再び人工水脈を掘り返し、擁壁裏の停滞水を誘導します。

 擁壁際を掘り進み、コンクリート基礎の下まで掘ったところでようやく、擁壁背面の水が勢いよく流れだす水脈に到達しました。毎分20リットルはあろうかと思えるほどの、かなりの水量でした。
 これがはけず、長い間地面の中に滞留していたのです。

 水は流れていてこそ、様々ないのちを養いますが、こうして停滞してしまえば、土も植物も健全に呼吸できない状態となって土壌は悪化し、悪臭漂うヘドロと化していきます。
 ここもまた、広大な土地が土壌の通気不全によってヘドロ化していたのです。
 生き物の通気環境を顧みない開発や造成がますます大型化する昨今、もはや自然の再生力ばかりではどうにもならないほどの環境悪化が見えないところで進んでいる、日々そうした環境悪化を目の当たりにする造園者として、そのことに立ち向かい、そしてそれを伝えていかねばなりません。

この停滞水を導く水脈再生のために、エアースコップを用いて土中に空気を送り込みます。ちょうど、血管が細って滞りが生じた患者さんに対してカテーテルで拡張するような、そんな外科的治療にも似ています。
 大地も人も、そしてすべての生き物も、円滑な空気と水の流れがあって初めて命が繋がるもの、こうした作業を通して自然界の真理に触れる思いを感じます。

 本当の意味での大地の水脈再生のためには、山からの絞り水を徐々に浸透させながら、そこにあったであろう地下水脈へと誘導してゆくべきなのです。
 しかしながらここでは、上部の擁壁による湧き出し水の遮断に加えて、下流部もこうしてU字側溝と道路によって遮断されてしまっているのです。

 実際、川などの地表に現れる水は陸地における水の流れの中ではほんのわずかであって、例えば地球全体において地表流は地中を流れる水の総量のわずか4800分の一という、信憑性の高い推計が報告されているのです。

 土中の水の動きを考えることの重要性はそこにあります。U字側溝などで目に見える部分の水さえ処理すれば地面の中はどうでもよい、そんなやり方は必ず見直して、なるべく早いうちに方向転換しなければなりません。
 大切ないのちの循環が完全に消滅してしまう前に。

人間が作ってしまったこうした環境では、地中に浸透しきれない土中水は、道路側溝のコンクリート枡を壊してそこに流すしか、方法はありません。

 そして、コンクリート枡の側面の一部を壊すと、勢いよく泥水が吹き出し、そして徐々に安定した清流へと変わっていきます。今は飲めるほどにきれいで冷たい地下水が、枯れることなく流れ続けています。
 
 試行錯誤の末に、この地の呼吸不全はこの水の動きを健全化することで解消されていったのです。

山側の水脈改善作業中。

 造園工事終了後。山際の水路は通気性のよい石積みによって保護し、そして今は滞りのない風が山から抜ける、心地よい空気感に一変しました。

敷地下流部、改善工事中。

 工事終了後、この駐車スペースの下をながれる水脈の水音が、まるで水琴窟のように心地よく、常に鳴り響きます。

 この駐車スペースの下には大切な水脈があります。その水脈の詰まりを持続的に防ぐためには、この駐車スペースの緑化と根による泥漉し機能が求められます。
 そこでここでは、多孔質で保水性の高い瓦再生チップに木炭を混入してノシバを播種し、緑化を試みています。
 おそらく、この秋までにはうっすらと芝がはびこることでしょう。
 植物の力、自然の力を借りてこそ、人は持続的で豊かな環境を作ることができる、人がなしえることの限界、分というものを再びわきまえることこそが、これからの社会の持続のために深勝となることでしょう。

 水路を渡る足元の景。

 水と空気の流れる庭、この庭における水脈再生によって、周囲を取り囲む木々の呼吸も改善されて、まるで完成を祝福してくれているような晴天です。

 この仕事を通して、痛めつけられた自然環境を再生すること、健全な環境を取り戻すことこそが、そこに住む人の健康にもつながること、そんな大切なことに改めて気づかされました。

 長い期間にわたってこの取り組みを見守ってくださったお施主のKさん、そして地元で全面的に施工協力くださった、浜松市、新進気鋭の雑木の庭師、ナインスケッチの田中俊光さん、この場をお借りして心からの御礼を申し上げます。
 
 長きにわたって本当にありがとうございました。

株式会社高田造園設計事務所様

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